17世紀から18世紀初めにかけて、康煕帝のころはスペインやフランスの宣教師が布教のために中国へやってきていました。
18世紀後半になると、ヨーロッパ各国は貿易の必要上、中国への接近を強く求めるようになります。
とくに茶が国民的飲料として定着しつつあったイギリスでは、中国茶の輸入確保のために、広東での管理された朝貢貿易では満足できず・・・
清国との間に自由な通商関係を結びたいという要望が日増しに強くなりました。
そしてついに1793年、イギリス政府はジョージ・マカートニーを団長とする使節団を中国へ派遣することになります。
使節団派遣に当たり、その随員には機械時計趣味の皇帝の歓心を買うため、とくに科学や技術に精通したものを何人か加えたほか・・・
献上品に多数の最新豪華な時計を携えていったのです。
当時イギリスでは他国に先がけて産業革象進行中で、機械技術の知識にかけては絶対自信をもっていました。
また、時計製造においても世界一の繁栄した国でしたから、イギリス御自慢のえりぬきの代物を携えていったのです。
これはまだD&G 時計のような腕時計が一般に普及していない頃の話です。